鷲谷いづみ 教授

Izumi Washitani

保全生態学研究室

<専門分野>
生態学、保全生態学
<研究テーマ>
さとやまの生物多様性保全・自然再生に関する幅広い生態学の研究、参加型生物多様性モニタリング
※2020年3月に退任予定

Profile :
東京都出身。東京大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。筑波大学生物科学系講師、助教授、東京大学大学院農学生命科学研究科教授を経て、2015年から現職。みどりの学術賞、日本生態学会功労賞などを授賞。主な著書として、『保全生態学入門―遺伝子から景観まで―』、『自然再生―持続可能な生態系のために』、『さとやま―生物多様性と生態系模様―』、『生物多様性入門』などがある。里山や水辺の生物多様性の保全と再生などに関する幅広い研究や普及活動を行っている。

学生に期待する
3つの資質

  • 資質1自然と人に向けるまなざしの優しさ
  • 資質2多様な対象・事象への探求心
  • 資質3思いがけない変化に対応できる順応性
生物多様性から持続可能な社会を考える

生物多様性とは何か

果物はおいしい。その理由を知っていますか?
果物は、動物に食べられることによって、タネを分散させ、植物が子孫を残すために進化してきたからです。
動植物は、互いにさまざまな関係で結ばれています。「食べる―食べられる」の関係や餌をめぐって競い合う関係だけではありません。植物がおいしい果実を提供し動物がタネを運んだり、花とハナバチのように蜜など餌を提供し、受粉を助けてもらうなどの共生関係も重要です。環境によって、生物の関係も変わります。それらの関係が生態系を作っています。
生命誕生から四十億年、生物は、自然淘汰による適応進化を繰り返し、あらゆる問題への対処の仕方を身につけてきました。問題を乗り越えられた種の系統だけが、現在まで生き残っていますが、それは膨大な数にのぼります。
生物多様性には、四十億年もの地球における生命の歴史が凝縮されているのです。

「さとやま」から学ぶ

古来、ヒトは自然から多くの恵みを得てきました。
ヒトの活動もまた、生物多様性を維持するのに役立ってきました。
例えば、サクラソウなど多くの里山の植物はうっそうとした暗い森では生きられません。火を入れたり草を刈るなど植生の利用・管理に依存して生育しています。
そのようなヒトと自然との共生が生物多様性を育んできたのです。
里地(農地や居住地)と里山(自然資源の採集地)を合わせて「さとやま」と表現することができます。
「さとやま」は、集落・田畑・ため池・水路・樹林・草原などの人々の伝統的な土地利用が組み合わさった複合的な生態系を特徴とします。
そこでの人の活動は、いわゆる「農業」だけでなく、古くからの営みである野生の植物や動物の採集が含まれています。そうした営みは、自然を根こそぎ破壊するのではなく、末永くその恵みを受けられるような工夫と節度をもって行われてきました。
かつては人々に親しまれ、身近だった野の花や多くの生物たちが今では、絶滅危惧種となっています。それは、効率の良い農業をめざして「さとやま」での営みが変化したことによっています。

地球が抱える生物多様性の危機

現在、人間活動は、すでに地球環境の限界を超えており、現状のままだと、人間の存続が危ぶまれる事態になりました。
グローバル化・現代的商業主義の流れの中で、農産物の生産工場となった農業地域からは、生物多様性が急速に失われつつあります。
モノカルチャー(単一作物栽培)の大規模農業への移行が多様な生息生育環境を失わせ、特定の害虫や病原性物に大量の餌資源を与えて大量発生を招いています。それに対して農薬といった化学戦で対応することによって、更なる問題を引き起こしています。
また、本来その場所にはいるはずのなかった外来種がもたらされたせいで、多くの在来種が絶滅の危機に瀕しています。

開発が行われる際に、生息・生育する地域の縮小や分断・孤立化に伴う生物への影響はほとんど考慮されてきませんでした。環境アセスメント(環境影響評価)が行われても、絶滅危惧種の個体を別の場所に移動・移植するといった場当たり的な対策が実施されるだけでした。これでは、「自然との共生」という目標は実現できません。
生物種の絶滅は、さまざまな関係(食べる―食べられるの関係や共生関係など)を失わせ、生態系のバランスを崩します。それは、生態系がヒトに多様な生態系サービスを持続的に提供する可能性が失われます。

そこで私たちは、保全生態学とその関連分野の手法を駆使して、持続的な社会を築くために不可欠な「生物多様性の保全」と「生態系の健全性の回復」、すなわち「自然再生」に必要な研究に取り組んでいます。

人々の心身ともに豊かな暮らしがつづくには

持続可能な農業を実現するためには、「さとやま」の視点がかかせません。それは、自然を征服するのではなく、共生を続けていこうとする視点です。それは多様性を尊ぶ「生態系模様へのまなざし」です。
実際に「さとやま」を訪れ、その動植物、生態系システムに触れることによって、自然と共生するためのみちすじを科学的に学びましょう。

鷲谷研を理解するためのキーワード4

  • 1. 保全生態学

    保全生態学は、「生物多様性の保全」と「健全な生態系の維持」という社会的目標に寄与するための生態学をベースとした基礎科学から応用・政策科学を含む分野である。自然再生も重要なテーマで、地域社会との協働を重視しながら研究をすすめる。
  • 2. 生態系模様

    生態系模様とは、その場所での土地利用によって生み出される生態系の豊かさである。さとやまでは、雑木林や竹林などの林や、茅場や採草地などの草地、ため池や池沼、それらを結ぶ用水や水路、水田や畑など、きめ細かい複雑な生態系模様が多様な生物をはぐくんでいる。その指標としてさとやま指数が開発されている。
  • 3. 生態系サービス

    生態系サービスとは、生物多様性がつくる生態系のはたらきを介して生み出される、人間社会にとってのあらゆる便益を指す。すなわち、自然の恩恵である。作物を得たり、採集したりできる「資源供給サービス」、災害を防いだり、汚染を取り除く「調整的サービス」、精神の高揚ややすらぎを与える「文化的サービス」、それらを支える光合成による生産や受粉などの「基盤的な生態系サービス」がある。
  • 4. 生物多様性指標

    生物多様性指標には、リモートセンシングなどで把握できる森林・土地利用の指標のほか、例えば野生生物種で指標になるものもある。野生のニホンミツバチはさとやまの生物指標として研究対象となっている。